古波蔵正義プロフィール | 兵庫県芦屋市 神戸 西宮の外壁塗装、屋根塗装は「あんしん塗装店」株式会社コバック

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古波蔵正義プロフィール
古波蔵正義プロフィール 昭和27年、福岡県八幡(現在の北九州市)で生まれる。
父の勤める化学工場の社宅で育つ。
八幡製鉄所を始めとする工場地帯の中心、煙突からの煤煙で洗濯物が黒くなって、母がいつも嘆いていた。
近くの洞海湾は死の海と呼ばれ、魚はおろか細菌さえも生きていないほど汚染されていた。
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古波蔵正義プロフィール 公害の町で体の弱かった幼年期、小学校に上がったばかりのとき、病院の入退院をくりかえし、学校に行けずに過ごした小児病棟の冷たい壁の、心細い思い出が心に残る。
父は、沖縄出身、戦前に九州に出て終戦となり、玉砕と告げられた肉親とは音信不通となった。後に生存がわかり涙の再会をする。
その時、両親に連れられて沖縄に行く。鹿児島から船で沖縄の港についたとき、コバルトブルーの海をみてあまりの美しさに思わず息をのんだ。
九州で洞海湾の黒い海をみていたので、これが本当の海の色なんだと心の底から感激した。
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古波蔵正義プロフィール 社宅には、風呂はなく近くの共同浴場に行った。木製の冷蔵庫は、三輪トラックで売りに来た氷で冷やすものだった。家にはテレビがなく、近所の子の家で見た鉄腕アトムの大ファンだった。
親がつけてくれた名前が「正義」、悪をやっつける正義の味方ヒーローにあこがれ、自分の名前に使命感を感じた。
小学4年生のときから、新聞配達をした。朝まだ暗い時分から起きだすのは辛かった。大人用の大型自転車は、ころぶと起き上がることができなかった。
そのおかげで体力がついてきて、東京オリンピックの聖火ランナーの伴走者に選ばれ、校内マラソン大会では優勝もした。
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しかし、高校生の時、父の勤める化学工場でアルバイトをして化学物質過敏症になった。
大学受験で失敗し、19歳の時一人で神戸に来た。すぐにお金はなくなり、チリ紙交換、
ゴミの収集作業、建築現場作業員と何でもやった。
一人の塗装職人との出会いから、建築塗装の世界に入る。
伝統を守る職人技術にほれ込んでこの技術を直接お客さんに伝えたいと、
古波蔵正義塗装店を創業する。


平成7年、阪神大震災に遭う。芦屋浜沖の埋め立て地に、倒壊した家屋の廃材が次々に運び込まれた。埋め立て地は大きな廃材の山となり、野焼が始まった。
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昼夜を問わず上がる黒煙から、鼻を突く臭いがたちこめた。ダイオキシンが容赦なく町に
ふりそそいだ。
家屋の解体現場では、多くの建材に含まれるアスベストの粉塵も舞った。
家を失った人々が、冬の寒空の下ダンボールをしいて肩を寄せ合っていた。
家族の幸せには、健康で暖かい住まいが絶対に必要なんだ。
古波蔵正義プロフィール 膨大な廃材の山を見て、家を壊して建て替えるのではなくて、100年たってもお住まいいただけるよう、地元の“家守り”に徹していこう、と心に誓った。

目の前には、壊れた家の復興を待つ人が数え切れないほどいた。
古波蔵正義プロフィール 「職人たちが立ち上がった。」
「愛する家族に健康な住まいを」という経営理念を掲げ、朝暗いうちから日が落るまで復興に没頭した。
「事務所はボロいが、仕事は本物です。職人の名誉にかけておかしな工事はいたしません。」
こだわり職人の専門技術で地元のお役に立ちたい、との思いだけで日夜仕事に打ち込んだ。
お客様の大切なお金を1円も無駄にしたくないとの思いから、車は走行10万キロを越えた軽のワンボックス。正面には「ありがとうございます」の文字
熱い思いを胸に、今日もボロい軽トラックで走りまわっている。
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